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妊娠後期の足の浮腫問題。妊娠高血圧症による日産玉川病院での入院生活そして緊急搬送され国立成育医療センターへ【2日目】転院先で7回目の陣痛促進剤を投与、辛い陣痛を乗り越え、いざ出産!(その1)

妊娠高血圧症の疑いで入院してから本日で9日目。

ただ、昨日の私の体調悪化により緊急搬送されて、昨夜からは成育医療センターに入院しています。

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そこから今日は2日目。

妊娠38w0dです。

検診どころしゃなくなってしまった。

 

昨夜救急搬送されてからは

血圧も高く、

高熱も続いている。

おそらく38.0℃以上だった記憶があります。

 

血液検査やら、

心電図やら、

定期的な血圧測定と体温測定、

点滴打つための血管探しからの

点滴投与などなど、

周りは大騒ぎしてるけど

痛みと体のだるさで何もできない。

 

もう、マグロになった気分です。

されるがまま。

汗もどんどん吹き出でてきて、

気づいた頃には服も濡れていました。

 

7時頃から陣痛促進剤の

点滴投与が始まったらしく、

(後から聞いた)

そこからというもの、

どんどん痛みが増してきて

昨日まで味わえてた

ウィダーゼリーすら

吸えなくなる程に。

多分すぐに陣痛が来ていたようで、

痛みと痛みの間隔が徐々に短くなり

休憩ができなくなると

横向きになって

もうベットの柵にしがみつくしかない。

 

そんな時に、

帝王切開も検討されてたので

よく分からず色んな書類に

署名を求められて

痛みに耐えながら書き続けました。

(ちゃんと説明あったけど

記憶にございません)

 

あとからみた私のそのサイン、

字が汚すぎた〜。笑

 

問診票やら、

入院手続きもその時にやりました。

もう、覚えてません!

 

でも唯一覚えてるのが、

 

・朝食はヨーグルトと牛乳どちらを希望しますか?

・お祝い膳は和食と洋食どちらにされますか?

 

という質問。

えっ陣痛中に?!

と思いながらも、ちゃっかり

"ヨーグルト"と"洋食"にマルをつける私。

どんだけ食いしん坊なんだい!

 

あとの質問は全く覚えてません。

 

もう、この頃には痛みで

ほとんど何もできなかった。

ただ、カーテンとカーテンのつなぎ目から

朝日が溢れてきていて

あ、早朝かな?

今日は天気が良さそうだなと

何となく思っていました。

 

痛みもさらに強くなり、

いつもなら絶対にないであろう力で

柵を両手で掴みながら

横になって耐えていました。

 

間隔がより短くなったので

先生が痛みと痛みの間で内診すると

"子宮口全開!"

との掛け声とともに、

他の助産師さんたちがどんどんきて

慌ただしくなっていくのがわかりました。

 

あれ?もうすぐ?

産まれる?

よく分からないけど

私が乗ってたベットが分娩台に変化し

足を大きく広げて

陣痛が来たタイミングと共にいきむ。

 

横になって柵に捕まるよりも

意外とこの姿勢が私には楽で

(とは言ってもかなりの痛みはあります)

 

上手く呼吸といきむのが分かってきました。

腰とお尻をしっかりと椅子につけ、

息を止めて下腹部に力を集中させる。

顔は、股の間を除く感じでいきむ。

目はしっかり開ける。

自分の手の位置は太ももをグッとつかむ。

そんなアドバイスだったかと思います。

 

呼吸を整え、もう一度。

 

2回ほどやると陣痛の痛みが

少し落ち着くので

そこで深呼吸。

横にいる助産師さんが

うちわで扇ぎながら

私に水分補給してくれました。

 

ちょっと落ち着いたと思ってると

すぐにまた陣痛の痛みが。

 

この繰り返しを何度も何度もして

やっと赤ちゃんのあたまが

数センチ見えたとの報告。

 

メガネも取られ、

コンタクトも付けてないので

これくらい見えましたよ!と

言われたけどあまり見えない。

 

でも少なくともまだ

1〜2センチくらいしか頭見えてなさそう。

えっ、まだこれくらい…?!

 

そこからというもの、

少し陣痛が落ち着いてしまい

間隔が開いてきたのがわかった。

 

まずい。

これだと赤ちゃんも辛い!

 

促進剤は一度止められてたけど再開。

そして私は陣痛とともに

もっと必死にいきんだ。

 

するとボンヤリと

今これくらい見えてる!!と

さっきよりも数センチ

髪の毛が見えたと報告が。

 

その後、徐々に助産師さん達が

続々と入ってきて

おそらく7〜8人はいた気がします。

 

赤ちゃんも苦しかった模様。

 

よし!切ろう!

 

という言葉と

次陣痛来たらしっかりいきんで!!

と言われ

 

しっかりといきんだら

感覚が麻痺していましたが、

麻酔をお股に刺されて

〇〇センチ、右に切開!

と聞こえました。

 

それでも出てきてくれなくて

赤ちゃんももっと苦しそう。

 

次もう一回、しっかりいきんで!!!

あと少しだから!

疲れたけど頑張ろう!

 

と言われ、

次陣痛来て、

最後の最後の力を振り絞る思いで

ぐぅーっっと力を集中させました。

 

すると、

〇〇センチ、左に切開!

と聞こえながら、

別の助産師さんが私の下っ腹を

上から心臓マッサージするかのように

何度もグッグッと押し続ける。

 

すると…

 

もういきまなくていいよ!

 

と言われホッとした瞬間。

 

ぐにょ〜と出てきました!!!

見えなくても分かった。

顔から出てきました。

 

でも泣いてない。

ただ、大丈夫かなと心配できる程の

体力が私にはなかった。

 

グッタリとしている中で

胎盤を出す処置が行われていました。

 

この間はほとんど記憶がない。

そして産まれてきた赤ちゃんは、

長さ60センチもあったへその緒が、

首に3周グルグル巻きになって出てきたので

呼吸が苦しかったみたい。

 

本当に、母子ともに体力の限界でした。

 

"ギリギリセーフ"とは

まさにこのような時にいう言葉だ。

 

胎盤出すのは2度目の陣痛と

聞いたことあったけど

全く覚えてません。

 

でもグニョッとしたのが

下からでてきた感覚はありました。

 

胎盤見られますか?

と言われたけど

見る気力すらなし。

 

赤ちゃんの写真撮りましょうか?

と言われ、コクリと頷けた。

携帯を渡して

たくさん撮ってくれていました。

 

コロナ禍での出産。

孤独と痛みとの闘い。

立会なし。面会なし。

 

辛かったけど、

あの壮絶な思いを

横で見られているのも

余計辛いかもしれない。

(腰はずーっと揉んでてほしいけど)

 

一人で、初産婦で乗り超えられたのは

ある意味しっかりと向き合えて

良かったかもしれません。

 

産まれた時間が11:51だったので

昼食がでた。

全く食欲なし。

そしてついに,

写真撮る元気もなし。

 

メニューはカレーうどん、

だったと思われます。

 

小さなお米の蒸しパンと

ジョアがあったので

横になりながら

それだけ口にしておしまい。

あとは持参のウィダーゼリーで

栄養補給をしました。

 

シャワー浴びれないから

助産師さんが私の汗拭きを

お手伝いしてくれたような、、

それから新しい服に着替えて

部屋を移動したという

薄らとした記憶。

 

成育医療センターは

基本的には大部屋(4人部屋)で

母子同室。

 

自分の子が泣いて

ゆっくりできないんじゃ、、

と思っていましたが

 

初日は同室にはならず、

静かな大部屋(6階)へ案内されました。

 

明日から母子同室の大部屋(11階)に

案内されるようです。

 

良かった、少しはゆっくりできそう。

 

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